2005年06月18日
時代を切り開くまなざし展 [ 日 記 ]
立て続けに日記を書く。
川崎市民ミュージアムにて行われていた「時代を切り開くまなざし 木村伊兵衛賞の30年展」に行ってきた。1975年からの受賞者36人の仕事を一挙に展示。ほとんどの人の作品を以前目にしたことがあったり、写真集を持っていたりしますが、こう時代を追って見ていくとそこに時代性など見えてきて、かなり面白かった。ホンマタカシさんの作品のあたりから、写真が記号化し、個人的かつ主観的な要素が非常に強くなっているように思える。特に、木村伊兵衛さんの写真と比べるとそれははっきり分かるもので、道にいる街にいる人々の声や匂いが聞こえてくるような生き生きとした時間・空間を感じさせる木村伊兵衛さんの写真。けれど、蜷川美花さんの写真に写る人や事物からは、鮮やかな色彩とは対照的にその存在さえ危ういような雰囲気がある。
どの写真家の作品もそれぞれ非常に魅力的で、様々なメッセージを強くはらんでいる。
2005年06月16日
フランス映画祭 [ 映画見聞録 ]
ともかくたまりにたまってしまった映画感想を一気に書きおこし中。あいも変わらず上手く書けないもんだから、日記なんだかレポートなんだか、グチなんだかごちゃ混ぜ。ちゃんと感想書くならそれだけにしとけば、すっきりしそうだけど、感想だけだと言葉が足りなくてすっきりしすぎに仕上がるから、ごちゃ混ぜにして書いて誤魔化している訳。
初めて行ったフランス映画祭。やっと行けたフランス映画祭。なにせ会場パシフィコ横浜だから、駅までの距離を考えるだけで、あーやめようと思うこと数回。やるんだと思っているうちに、チケット発売過ぎてしまったこと数回。大体この時期テストになるから行けなかったこと数回。13回目を迎えてようやくたどり着きました。だけど、チケット前売りで1500円ってだいたい高いんじゃない?他の映画祭だったら1300円ぐらいなはず、だから迷わず買うのにこの値段はいただけない。しかも5日間しかやらないし、昼間は無論行けないし、夜の上映のには間に合わないしだもんだから、結局下記1作品しか買わなかった。今年は、しかもゲストがどうも地味だったこともありで・・・なーんて思っていたら、オープニングで小田切君がゲストで来たそうな。惜しいことをしたもんだ。
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短編映画特集
絶対一般公開されないだろうと思われたので、短編映画特集を選んでみた。平均15分程度の作品が9本。社会性のあるものユーモアの利いたもの、CGを使ったもの、アニメーションどれも全く違ったテイストのものが並び、かなり面白かった。中でも特に気に入ったのは、「サッチェル文書」「キッチン」「つなぎ」。
「サッチェル文書」は、社長とその秘書二人の間で取り交わされるサッチェル氏の書類に関する物語。一人が右に行けば、左に行きと、なかなか理解し合えない上司と部下の関係を皮肉ってコミカルに描いたものなのだが、なかなか持ってこない書類を取りに社長が部下の部屋に行けば、部下は社長の部屋に行っているという具合に、それを堂々巡りを繰り返していく。まさにコントみたいに絶妙なタイミングで、二人が交わらないんだからおかしくてしょうがない。
「キッチン」一人の主婦が、夫のために苦手なロブスター料理を作ろうと悪戦苦闘する物語。キライなザリガニなんか見たくもさわりたくもないわけで、買ってきたものの無論料理はできない。そのままにしておくとザリガニくんたちは動き出してしまうもんだから、ちりとりで回収。だんだんやけになって、そのまんまミキサーにかけてしまう、お風呂で感電死させてしまう・・・というまあザリガニくん残酷物語なんだけど、こんな出来事は結構自分にも思いあたる。ゴキブリなんかに対しては、まさにそう。そいつがどう死のうが、かまわない。そんな誰しも持つ嫌悪から発生する女性の残虐性を表現したものだそうで、ザリガニくんへの嫌悪は同時に夫へとつながっているということを暗示している。
「つなぎ」父親の自動車修理工場で働く息子。仕事を終えて工場を出たときに男に声をかけられる。「これから仮装パーティーに行くのだけれど、そのつなぎ(作業着)を売ってくれないか。」最初はいぶかしがっていた息子だが、400ユーロならいいかと思い、つなぎを手渡すが、その様子を見ていた父親から激怒される。父親からすれば、仕事の誇りを簡単に売ってしまったように見えたのである。父親は、つなぎを売った男からまた400ユーロで買い戻す。憮然とした息子は、自動車修理工なんてと言い始め、親子喧嘩を始めてしまい、しまいに飛び出していってしまう。しかし、しばらく後彼は戻り父親からまた400ユーロでつなぎを買うというなんともいい話。
「キッチン」と「つなぎ」の監督さん、あとは、短編映画を扱っているプロデューサーさん2人がトークショーをしてくれました。これがけっこう長い。日本人の進行役の人の質問が長いせいもあるけれど、大体トークショーなど平均して30分みたないで終わってしまうものが多いから、そりゃうれしいんだけれど、その後用がある身としてはもうちょっとすっきりできるんじゃないかと思ってしまいます。サイン会も時間を充分にとってやってくれたりするようなので、今度フランス映画祭に行くときは、時間に余裕があるときに行くとします。
2005年06月13日
『夢の中へ』 [ 映画見聞録 ]

監督 : 園子温
出演 : 田中哲司、夏生ゆうな、、村上淳、市川実和子、オダギリジョー、岩松了、麿赤兒、温水洋一、手塚とおる、小嶺麗奈
2005年/日本/103min.
◇ STORY
さえない役者の鈴木ムツゴロウは、元劇団員の恋人と同棲しながら、他の劇団の女優と関係を続けている。ある日彼は、夢を見る。おさななじみや恋人や父親とともにテロリストになり、傷を負っている夢。父親とそっくりの警察官に尋問されている夢。いつしか現実と夢と夢、その三つの世界の境界線が曖昧になり始めていく。
◇ 感 想
誰しも抱いたことはないだろうか、ここにいる自分は自分でなく、何かにコントロールされているのではないか、決められている現実をただ歩かされているのではないかと。ムツゴロウは繰り返す。「俺はいつから、俺じゃないのか!今のこの状態は俺が選択したんじゃない!金星人のせいだ!」その言葉は、渡された台本のセリフであり、またムツゴロウの心の声でもあり、演技することをさらに演技しなければならない役者の言葉のようでもある。現実をどうにかこうにかやり繰りしながら、夢を追い、夢を見続ける人間の姿。「探しものは 何ですか 見つけにくいものですか 夢の中へ 夢の中へ いってみたいと思いませんか」映画館を後にする自分の心に、エンディングに流れる井上陽水のこのポップな曲が焼きつく。
自主映画のようなざらつき感がありながら、3つの世界をフラッシュバックしながらぐるぐると回り繋げていく映像。巷でよく最近この手はよく使われるけど、ワンシーンをワンカットで撮っている動きのあるカメラワークも相俟って、だんだん夢と現実が曖昧になっていくような感覚は絶妙。そして、何よりも映画から発散される役者たちのエネルギーに圧倒される。全力疾走でかけ続けているような田中哲司。どこか道化のように思える村上淳。ちょっときれた変なひとやらせたらサイコーなオダギリジョー。演技しているというより、まるで映画と戦っているような感じで、ともかく熱かった。
【 舞台挨拶 】
通常よりも一時間も前に家を出るもんだから、親には「講習があるから」などとうそぶいた。それで劇場に着いたのは、整理券配布の2時間前の8時30ちょい前。にもかかわらず、すでにすごい行列で、結局もらった番号136番。すごいよみなさん、すごいよ。この感想起こすのかなり遅れたから、その間色々ブログ回ってみていたら、どうやら徹夜組もいたそうで、私にはそんな情熱なし無しさ。2時間も並んでいるだけでも、正直もーこんなことはやめようと決意したに至ったていうのに。やっぱりねー映画は、ゆーっくり見たいものですよ。近頃舞台挨拶の回にちょくちょく行っているけれど、映画>舞台挨拶、映画>監督>役者ですし、舞台挨拶見たいのは、その映画がどんな雰囲気で作られたのかかいま見られるような気がするから、行ってみたくなる。なので、オダギリ目当ての舞台挨拶は、もうやめようと思います。ああ反省。
確か告知では田中哲司さん、オダギリくんのトークショーだったはずが、結局トークショーってほどのトークもなく結局舞台挨拶にすりかわってた。だけどそのかわり、園監督、夏生ゆうなさん、村上淳さん、小嶺麗奈さん、臼田あさ美さん、菜葉菜さんがスペシャルゲストで現れた。園監督は、文章のイメージだと恐い感じかと思っていたら、冗談など言ったり、自著の詩集を今回にかぎり1000円(なんと半額に!)にしたりとけっこう面白い人だった。田中さんは、色白できれいな人だなーと思ったり、あと小嶺麗奈さん、この人別嬪さんですね。別嬪さんって言い方古いけど、確かに別嬪な人だった。
評 価 ★★★☆☆
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2005年06月12日
ドイツ映画祭 その2 [ 映画見聞録 ]
『愛より速く』
監督:ファティ・アキン
2004年/ドイツ/121min.
(原題 : Gegen die Wand)
フランクフルトで暮らすトルコ移民の男。クラブの清掃係をしながら、毎日ビールを飲んだくれるという日々を過ごしていた。ある日車で壁にぶつかるという事故を起こし、病院の待合い室で、トルコ人の若い女性から声をかけられる。「私と結婚してほしい」と。彼女は、イスラム戒律に縛られ過ごす暮らしに嫌気がさし、結婚をすることで家族から離れられると思ったのだ。最初は、断っていた男だったが、女の為に偽装結婚をすることにする。そうして、二人はお互いそれぞれの恋愛を楽しむ偽装夫婦として暮らしていくことになるのだが・・・。
宗教と家族、丁度『やさしくキスをして』と同様の出来事が起こっている。あらためて宗教の重さを考えてしまうのだが、と同時にこのストーリーの中では、自由というものが果たして絶対的に善であるか、西欧文明が果たして良いものであるかということをみせている。社会風刺を入れただけのラブストーリーではない、トルコ人であるからわかる自分たちの暮らし、気持ちが、一杯つまった一筋縄では終わらない話である。
秋口公開予定。『やさしく・・』見てから、これを見てみると良いかと思います。主演の男の人がなかなか渋くてかっこよかったです。
2005年06月12日
ドイツ映画祭 その1 [ 映画見聞録 ]
『幻影』
監督:クリスチャン・ペツォルト
2004年/ドイツ/85min.
(原題 : Gaspenster)
施設で生活するニナは、ある日男に乱暴されていた女性トニを助ける。彼女は、何かの事件を起こしたかで、行き場を失っていた。ニナは施設を抜け出しトニと行動を供にするようになる。ある一組のフランス人の夫婦。妻は、病院から出てきたばかりで、どこか落ち着かない様子でいた。
この3人の女性を軸に話は展開していくが、ニナの話とオランダ人夫婦の話の映像とが、あまりにも唐突に断片的に進んでいくので、少々わかりにくかった。おそらく公開されることはないだろうと思われるので、結末まで書いてしまう。
ニナとトニは、行き場のない孤独な心という点で結びあい、ニナは少なくともトニに好意を抱いていた。けれど、トニは常に他に身を寄せる場所を求めているようで、ニナと体をあわせるも、オーディションで知りあった男性の元へといってしまう。
フランス人の妻は、子供をスーパーで誰かに連れ去られてからというもの、病気となり、街々で自分の子供を捜し続けていた。偶然みかけたニナが自分の子供ではないかと思い、声をかける。足首の傷、背中のあざ、彼女が記憶している子供の特徴にニナはぴったりと合った。そして自分の子供のようにホテルに連れ帰ってくるが、彼女の夫は、「既に子供は死んでいる」とニナに伝える。
ニナは、トニとフランス人の女性に一時だけ必要とされ、そして簡単に捨てられてしまう。もともと居場所など一時もあったこともなく、必要とされることもなかった、それが孤児であるニナの人生であったと思う。だから、側に一緒にいてくれる人がいるだけでも嬉しかっただろう。けれども、二人の女性は、ニナと出会ったときたまたま心が孤独であっただけで、次に求めるものがあれば、何のためらいもなしに自分のいる場所へと戻ってしまう。二人にとってニナは幻影のようなものに過ぎず、またニナにとってもつかの間の出会いが幻影であったのかもしれない。さめざめとした画面が、その残酷さを最も物語っているようだった。
2005年06月11日
『帰 郷』 [ 映画見聞録 ]

監督 : 萩生田宏治
出演 : 西島秀俊、片岡礼子、守山玲愛、高橋長英、光石研、相築あきこ、吉行和子
2004年/日本映画/82min.
◇ STORY
東京で暮らすサラリーマンの春男は、母の結婚式で8年ぶりに里帰りをする。そこで再会する旧友たち、そして以前好きだった深雪と偶然出会う。彼女には、8歳になる娘がいた。「あなたに会わせたいから、明日アパートに来て」と彼女は意味深な言葉を春男に言う。そうして次の日アパートに行ったものの彼女は行方知れず、とまどう春男は残された彼女の娘であるチハルとともに、深雪を探しに出かける。
◇ 感 想
特に見たい映画でもなかったけれど、あらすじを読んでいたら、たぶん可も不可もない映画に違いないって思って行ってみた。うらぎられない、小さなそんな映画を何だか見たくなっていた。今週丁度、主演の西島さんが“徹子の部屋”に出ているのを見たことも影響してる。トーク番組に出るのは、はじめてだだし苦手だとか言っていたけれど、「僕、おしゃべりなんですよね。」って。舞台挨拶じゃいつも緊張してて、言葉少なく寡黙な気がしていたので、それは以外だった。だけど、徹子さんとのトークが結構いい調子で、こんなお兄さん近くにいそうみたいな親近感を覚えてしまいました。しかしながら西島さんは、不思議な役者さんだ。すごいたくさんのドラマ映画と出ているのに、「あ、また出てる」みたいなくどさがない。だけど、こんなのに出て、確かこんな役をやっていたってことをなんとなく思い出せる。一番古い記憶だと、「悪魔のキッス」(常盤貴子が出てたやつ)で、宗教にのめりこんでる青年やってた。こんな存在感を“透明感のある”などと言われているゆえんか。他にはそうそういない希有な役者さんには、間違いない。
それで、映画。チハルがもしかしたら自分の子供かもしれないっていうとまどい、その中から徐々に父親らしくなろうとする様子が、丹念に描かれていて、いい映画って思えるほんとにいい映画だった。何よりも役者たちが良い。たよりないながら、少しずつ成長する春男を演じた西島さんがめちゃくちゃはまっている。明るくて、ちゃきちゃきして魅力的な春男の母親役の吉行さん。はっきりした性格ながらもどこか秘めた感じを思わせる深雪役の片岡さん。そして、可愛いんだか憎ったらしいんだか、大人びたセリフもさらっと言いいのける子役の守山玲愛ちゃんがやっぱりポイントになる。どこかに起こっていそうな話で、隣にいそうな人たちで、だけど気の利いた言葉がぽっと出てそれにぐっときてしまう。この映画を監督、制作、出演した人々全員の思いが感じられる映画でした。
【舞台挨拶にて】
萩生田監督、西島秀俊さん、片岡礼子さん、守山玲愛ちゃん、光石研さん、そしてプロデューサーをやった利重剛さんがいらっしゃいました。子役の玲愛ちゃんが、チハル以上にか・な・りしっかりした子で大人の人々のコメントを完全に食っていたのが笑えた。西島さんとは、映画の中と似たような関係だった様子で。あとは、利重さんが、一番派手なシャツを着て一番しゃべりまくっていたかな。監督、役者さんそれぞれのコメントからも、この映画に対する思いがひしひしと伝わってきました。
疲れたなーと思ったそんなとき、ぜひこの映画を見てください。損はしないと思います。
評 価 ★★★☆☆
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2005年06月10日
ある続き [ 日 記 ]
親はよく言う
「夢を持ちなさい」「勉強しなさい」
純粋無垢な子供の頃だったら、花屋さんになりたいだとか、看護婦さんになりたいだとか、
身近で素敵に見える職業の人を簡単にあげられた
だけど、勉強が出来ないと、数字で評価された結果が提示され
自分の能力が足りないと、限界そんなものをだんだん知るにつれ
現実ばかりがやたら見えてきて夢という言葉は重くなっていく
どこかで子も親も
特別になりたいだとか
特別な才能があるだとか
そんなものになりたいとか、期待され期待にこたえようと思っていたのかもしれない
結果、ふたを開けてみたら空っぽで
何も入っていなかった
だけど、いつか死ぬんだということを
ただの言葉でなく、自分の中に明確な認識として生まれたとき
少しでも
好きなものを
好きなことを
好きなひとを
集めていこうと思った
もうたぶんそれぐらいしかできない
最初からそれぐらいのことで良かったのだ
夢をみろ と言うけれど
夢をみるのも
夢をかなえるのも
夢が現実になったとしても
同時に夢ではない現実をみる
現実は
右と左があるように
光と影があるように
朝と夜があるように
二極の構造が、お互いをせめぎあいながら形成している
三角形の内角は180度であるように
事物の中には必ず黄金比があるように
時間が過ぎゆくしかないように
ある秩序と規則のもとにどうにか世の中動いている
それをどう楽しんでやる?どう生きてやる?
変化していく自意識を眺めながら
いつか同じ言葉をはくかもしれない自分を思い
忘れないよう自分の言葉を残してみる
そうして、いつか同じようになるかもしれない
祖母をみる
人は大方何も違いはない
ただ年齢という経験と環境という心持によって大きく違っているように見えるだけ
想像してごらん
どこかで聴いた歌詞とともに


